ことばのこと
「さざれ」は、小さい・細かいという意味の古いことばです。 『日本書紀』推古紀には「砂礫」にサザレイシの訓があり、『万葉集』には 「佐射礼伊思(さざれし)」の字で詠まれています。 千年よりずっと前から、小さな石は、この名で呼ばれてきました。
歌そのものを、置いておきます。
現在の「君が代」と、その原型とされる『古今和歌集』の歌です。 詞は作者不詳の古歌、曲の林広守(1831–1896)も没後70年をこえており、 どちらも著作権の保護期間にはありません。ここには、自分で組んだ本文だけを置いています。
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
この歌の、たしかなことと、たしかでないこと
たしかなのは、『古今和歌集』に「題しらず・読人しらず」として載っていること—— つまり、作者の名が残っていないことです。 詠まれた場所も、詠んだ人も、わかっていません。 だからこそ各地に「うちの石だ」という伝承が生まれ、この台帳が要るのです。
本によって、ことばには揺れがあります。「千世にましませ」とするもの、 「苔のむすまでに」とするもの。 「わが君は」が「君が代は」の形で広まるのは、平安中期の『和漢朗詠集』からとされます。
「君」はだれか。時代ごとの説明を、並べるだけ並べます。
どれが正しいかは、この台帳は言いません。言った人と年だけを添えます。
もっと古い「さざれし」。
『万葉集』には、信濃の千曲川の小石を詠んだ歌があります。
千曲の川の
細石も
君し踏みてば
玉と拾はむ
巌になる前から、さざれ石は歌のなかにいました。 小さいことが、そのまま、たいせつなことでした。
おなじ歌の、字の旅。
歌はひとつなのに、字はずっと旅をしています。五つの姿を、古い順に並べます。
「正式」の字でさえ、時代ごとに姿を変えています。 字は旅をして、歌は残る。忘れられても、変わっても、消えないものがある——石の話と、同じ形をしています。
国旗及び国歌に関する法律(全文)。
1999(平成11)年8月13日、法律第127号。法令に著作権はないので、全文をそのまま置きます(e-Gov法令検索の本文で照合)。とても短い法律です。
(国旗)
第一条 国旗は、日章旗とする。
2 日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条 国歌は、君が代とする。
2 君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。
附 則
(施行期日)
1 この法律は、公布の日から施行する。
(商船規則の廃止)
2 商船規則(明治三年太政官布告第五十七号)は、廃止する。
(日章旗の制式の特例)
3 日章旗の制式については、当分の間、別記第一の規定にかかわらず、寸法の割合について縦を横の十分の七とし、かつ、日章の中心の位置について旗の中心から旗竿側に横の長さの百分の一偏した位置とすることができる。
別記第一(第一条関係) 日章旗の制式
一 寸法の割合及び日章の位置 縦 横の三分の二 日章 直径 縦の五分の三 中心 旗の中心
二 彩色 地 白色 日章 紅色
別記第二(第二条関係) 君が代の歌詞及び楽曲
一 歌詞
君が代は 千代に八千代に
さざれ石の いわおとなりて
こけのむすまで
二 楽曲(楽譜が掲げられています)
歌は、いろんなものに乗って旅をしました。
「君が代」は国歌になるずっと前から、お祝いの歌として暮らしの中にいました。 神事や宴席の結びに歌われ、謡曲に、小唄に、浄瑠璃に、祭礼の歌に取り入れられて、 全国津々浦々へ広がっていった——と研究は整理しています(山田孝雄 1979/鈴木 2003)。 鹿島神宮の碑も「神事や宴席で最後に歌われる祝歌として人々に広く」と刻んでいます(板の写し)。 そしていま、この歌はだんご屋の庭にも立っています(十七番目の石)。
字のこと、いくつか。
くわしくは、こいしたくのことばの部屋にも一枚、札を置きました。
ひとつだけ、この台帳の側のこと。
2027年2月11日に刊行する絵本『さざれ石 —いしの、いし。—』には、 この歌を一字も引いていません。 引かずに、歌の形だけを物語に内包する——それがあの本の作りです。 歌そのものは、この頁が持っています。