石のこと
「さざれ石」は、岩石の名前ではありません。 同じ名で呼ばれる石の中身は、場所によってまるで違います。 学術文献(鈴木2003)の整理に沿って、四つの型に分けて置きます。
礫が固まって、礫岩になる。
伊吹山の古生界の石灰岩が、谷に崩れて大小の角礫になります。 雨水が石灰岩を溶かし、石灰分をふくんだ地下水が乳状の膠となって、 角礫どうしを固める——こうしてできるのが石灰質角礫岩です。 岐阜・揖斐川町のさざれ石はこれで、時代は第四紀。地質としては、とても若い石です。
小さな石が集まって、ひとつの巌になる——歌のとおりのことが、 比喩ではなく、地面の下で実際に起きています。 現代の地質学は、この現象をふつうに説明できます。 ただし「平安時代の人がそれを知って詠んだか」は別の問いで、 学術側は大きな疑問が残るとしています(鈴木2003, p.251)。 この台帳が裁定しないのは、そのためです。
四つの型。
角ばった礫が膠結したもの。岐阜・揖斐川町(第四紀)。「礫が集まって岩になる」を目で見られる。
京都・嵯峨野ほか。三畳紀〜ジュラ紀の大洋底の堆積物。「石が育つ」という言い伝えとともに祀られてきた。小石が育つ言い伝えは全国に35例(柳田1929)。
広島・福王寺。海底火山の浅い山腹でできた岩で、白い石灰岩のかけらを抱く。ひかる石の伝承とともに運ばれてきた。
山や谷の姿を映した観賞石。滋賀・姉川の川原では六種のまるで違う岩が同じ名で呼ばれる。共通するのは、表面の細かい凹凸だけ。
巌になっても、まだ「さざれ石」と呼ばれている。
考えてみれば、ふしぎなことです。もう巌になったのに、名は小さいままの石。 学術論文はこれを「ことばの用法として疑問が残る」と書きました(鈴木2003, p.252)。 この台帳は、その疑問ごと、だいじに置いておきます。 名は、大きくなっても変わらない——それが、この石たちのいちばんの持ちものかもしれないからです。