Reading notes
朝日新聞「白地に赤く ① ── さざれ石」
1990年3月20日 東京本社版 朝刊31面(連載「白地に赤く 日の丸・君が代の義務化を前に」第1回)
1990年4月から入学式・卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱が義務づけられる——その直前に組まれた検証連載の第1回です。 台帳は記事が確かめた事実だけを受け取り、連載の論調には立ち入りません。記事本文は転載できません。
記事が歩いた道筋
書き出しは文部省の中庭。高さ1mほどのおむすび形がふたつ、30cmほどがふたつ。 かたわらの説明板は学名を石灰質角礫岩とし、岐阜県揖斐郡春日村の山中にあった石だと結んでいます。 記者はそこから春日村へ向かい、1990年3月初旬の村を歩きます。
村
人口2,310人。伊吹山系の急峻な山々に囲まれた過疎の村、と描写。
石
横幅5.6m・高さ3m・厚さ最大2.7m、重さ約50トン。しめなわが掛けられ、夕やみに浮かんでいた。
碑
高さ約4m。「内閣総理大臣中曽根康弘」の揮毫で「国歌君が代発祥の地」と刻む。
土産
村ではテレホンカードもつくられていた。
贈られた石の行き先(記事が挙げた分)
発見の翌1962年の秋に文部省へ。同年、明治神宮・池田勇人首相・吉田茂元首相へ各1トン。63年、伊勢神宮 内宮・外宮へ各3トン。 77年に皇室へ計4個。80年サンシャインシティ、81年田中角栄元首相、84年中曽根康弘首相、85年新国技館へ1トン。 このほか発見者の遺族が神社に奉納した石が三十はある——と役場の職員が語っています。
「君」の解釈は、変わってきた(記事の主題)
戦前
修身の教科書は、天皇の御代がいつまでも栄えるように、の意と教えた。
1978
衆議院文教委員会で文部省の諸沢正道・初等中等教育局長が「象徴としての天皇をいただく日本国が、いつまでも栄えるように」と答弁。
辞書
『広辞苑(第三版)』はまず「人を敬い親しんでいう語」、二番目に「天皇の治世を祝う歌」。『大辞林』は順序が逆——と並べて見せる。
記事末尾のメモ欄は、歌の原型が1,085年前の『古今和歌集』巻第七・賀歌に「題しらず 読人しらず」として載ること、 本により「千世にましませ」などの異同があること、そして天皇というより一般の人々の長寿を祝う歌だったといわれることを記します。 ——この一行が、台帳の「ことばのこと」の背骨です。