はじめまして。「こいし たく」です。
文ぶんと絵えを書かきます。

絵えは、和わ紙しを手てでちぎって、貼はってつくります。
きれいには切きれないので、縁ふちが毛羽立けばだちます。
その毛羽けばが、隣となりの紙かみとすこし混まざる。
そこが好すきで、この作つくり方かたにしました。

小ちいさくちぎった紙かみを、何十枚なんじゅうまいも貼はり重かさねていくと、
いつのまにか、一ひとつの絵えになっています。
書かいている話はなしも、だいたい、そういう話はなしです。

名な前まえは、ひらがなで「こいし たく」。
小ちいさい石いし、という字じを当あてます。
ずいぶん小ちいさいものをもらったな、と長ながいあいだ思おもっていました。
いまは、これでよかったと思おもっています。

初はじめての絵え本ほん『さざれ石いし —いしの、いし。—』を、2027年ねんに出だします。
文ぶんも、絵えも、詩しも、自じ分ぶんの手てで作つくっています。
うまくはありません。それでも、自じ分ぶんの手てで。

二

ごあいさつ

あこがれていたヒーローのこと

子こどものころから、あこがれる存そん在ざいが変かわりません。年としを重かさねるほど、ヒーローへの憧あこがれは強つよくなります。

逃にげない。弱よわ音ねを吐はかない。助たすけを呼よばれたら、飛とんでいく。誰だれかの悲かなしみを減へらし、喜よろこびを増ふやし続つづける。そういう人ひとに、あこがれていました。

でも、強つよい人ひとになるには、誰だれかに勝かたないといけません。
勝かつと、負まけた人ひとができます。

運うん動どう会かいのかけっこで、いい順じゅん位いを取とってしまったことがあります。そのとき、ぼくに抜ぬかされた子こが、親おやにげんこつを食くらっているのを見みました。

喜よろこびたいはずなのに、喜よろこべませんでした。
それから、競きょう争そうが苦にが手てです。

いちばん弱よわい石いしのこと

だからぼくが書かきたいのは、強つよいヒーローではありません。いちばん弱よわい石いしのほうです。

小ちいさい石いしは、蹴け飛とばされ、投なげられ、沈しずめられます。最さい後ごまで強つよくなりません。

それでも、弱よわさの中なかの強つよい意い志しが集あつまれば、やがて巌いわおになります。強つよくなったのではなく、弱よわいまま集あつまった形かたちです。

ぼくは、いちばん弱よわい者ものを助たすけるヒーローになりたい。

ぼくの強つよみは、弱よわさです。
自じ分ぶんが弱よわいから、弱よわい者ものの隣となりに立たてる。
強つよい者ものは、上うえからしか助たすけられない。

それを届とどけたくて、この絵え本ほんを作つくっています。

この本ほんを読よんだ子こが、
自じ分ぶんのことを弱よわいと思おもっている子こだったら、
いちばんうれしいです。

ぼくは、ひらがなの「こいしたく」でいたいのです。

三

自じ分ぶんとの約やく束そく

  1. 精せい神しん的てきな毒どくは入いれません。 怖こわい話はなしやいやらしい話はなしを入いれると、すぐ面おも白しろくなります。でも、小ちいさい時ときに読よんだ本ほんや絵えや歌うたは、後あとでその子この血ちになります。体からだに入はいる毒どくより、心こころに入はいる毒どくのほうが、怖こわいのです。
  2. 悪わるいものは消きえてはくれません。 嫌きらいなものを全ぜん部ぶやっつけた世せ界かいは、きれいですが、だれも住すめません。消けしたい気き持もちは、ぼくにもあります。だから、ぼくの本ほんの中なかを、きれいにしすぎません。悪あく役やくにも、言いいたいことを書かきます。
  3. 悲かなしみが先さきで、嬉うれしいが後あとです。 悲喜交々ひきこもごもと言いいます。喜哀交々きあいこもごもとは言いいません。毎まい日にち食たべているご飯はんも、食たべられなくなって初はじめて、おいしいと分わかります。だから、痛いたいところは、削けずりません。
  4. 教おしえたくなっても、堪こらえます。 教おしえる仕し事ごともしているのに、教きょう育いくじみたことは、好すきではないので。自じ分ぶんで悟さとったことは、忘わすれません。説せつ明めいのほうが面おも白しろかったら、話はなしの負まけです。どうなったかは、書かきません。一いっ緒しょにそうぞうしたいので。
  5. 大おおきな声こえは出だしません。 声こえが大おおきいほど、正ただしく聞きこえてしまいます。でも正ただしさは、急きゅうにひっくりかえります。誰だれかが間ま違ちがっている、とは言いいません。ぼくがこっちを選えらんだ、それだけです。
  6. 一いち番ばんには、なりたくありません。 ぼくは、偉えらくなっちゃいけない。格かっ好こう悪わるい。ぼくの場ば合あい、七なな番ばん目めくらいで、長ながく続つづけたい。登のぼりつめると、次つぎは落おちます。お腹なかが空すいている時ときのご飯はんが、一いち番ばんおいしい。少すこし足たりないままで、いいのです。
  7. 小ちいさいものを、一ひとつずつ数かぞえます。 まとめて言いうと、こぼれる子こがいます。何なん歳さい、何なん名めい、いくら——数かぞえられることだけを並ならべても、その子このことは何なにも分わかりません。分わかるのは、その子こだけです。せめて、日ひ陰かげのものから、先さきに数かぞえます。
  8. 減へらないほうが、失しっ敗ぱいです。 自じ分ぶんとは、自じを分わけると書かきます。それも悲かなしい顔かおしてではなく、喜よろこんで分わける。そういう生いき方かたに憧あこがれています。ぼくは顔かおをあげられないけれど、命いのちとは時じ間かんです。それを少すこしでも、喜よろこんで分わけたいです。
  9. 子こどもは、先せん生せいです。 小ちいさいからといって、小ちいさい扱あつかいにしません。かわいい色いろで塗ぬりつぶされるのは、迷めい惑わくだと思おもいます。大人おとなの嘘うそも、ちゃんと見みえていて、言いわずにいるだけです。ぼくより、よく見みえています。
  10. 喜よろこんでほしいだけです。 受うけたいのではありません。受うけようとすると、自じ分ぶんが褒ほめられたい話はなしになります。泣なかせるのは、簡かん単たんです。心こころから笑わらわせるほうが、ずっと難むずかしいのです。

——良よい本ほんかどうかは、ぼくが決きめません。読よんだあなたが決きめます。

ところで、君きみの名なは?

四

書かいているもの

五

お問とい合あわせ

学がっ校こうや図と書しょ館かんでの読よみ聞きかせ、朗ろう読どく会かい。
取しゅ材ざい、講こう演えん、出しゅっ版ぱんのご相そう談だんも。

大おおきな会かいでなくて、かまいません。
ひとりでも、うかがいます。

こいしたく / 作さく品ひん